毎日がなんちゃって予報士

2009年01月31日09:11

出掛ける前の波浪予想と日々の日課

昨日の夜からの暴風だと明日の予測は立ちやすいですが、風当たりが弱い我が家では、徐々に変化してくる天候に気が付かない事もありますので、出掛けるか出掛けないかは別として、日々の日課として天気を確認しなければなりません。

先ず手始めにYahooで長渡の天候を開き、風速と風向、空模様を見る
*風速が10メートルを越えると、欠航の可能性が出てくる
*風が吹いてくる向きによって欠航する港が網地なのか長渡なのか予測する
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次に風速を頭に入れながら、波浪予想を見る
*波高が青のゾーンを越えて、緑に入ったら欠航の可能性が高くなる
*網地は?長渡は?鮎川は?石巻は??
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波高が4.5メートル以上の赤い部分の位置を頭に置きながら天気図を見る
低気圧の位置と気圧を見比べて、先ほどの赤い部分とつなげ、ふむふむと予想を立てる、再び波浪予想のページに戻りアニメーションを観察
*数日間の変化を確認
これをしないと島から出たは良いが帰れなくなってしまう。
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もし判断が付かないときは、他の予報を見る
こちら↓はlivedoorの予想でYahooとは殆ど変わりない
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ちなみにこちら↓の予報は何時も控えめな予想なので余り信用できない
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という風に、車で出掛けるのならば、どんな天気であっても時間も服装も気にせずにすみますが、船が絡んでくると、そういう訳には行かないので、面倒でも必ずチェックしなければ成りません。
 明日は保育園に行けるか?行ったは良いけど帰れるか?石巻に用事があるが、帰りの船は早くしたほうが良いか、それとも遅くしたほうが良いか?数日後出掛ける用事があるが、鮑の口開けは開きそうか否か?荷物は着きそうか?カヤックツアーは出来そうか否か?・・・・etc

ちなみに今日明日は終日全便欠航でしょうな〜

サムちゃんの冥福を祈ります

2009年01月30日09:39

猫の寿命は十数年と言われるが、この猫はその常識を破り、22年生きる偉業を達成した。ただし、昨年の12月10日から行方不明になっているので、死んだのだろうと言うことにはなっているが、もしかして何処かで生き続け、更に記録を更新しているかもしれない。
 蛇が海に千年、山に千年住むと龍になるらしいが、猫が22年生きたら何になるだろうか?差し詰め化け猫かな?
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今の家に引っ越す前の頃、彼は毎日やってきて池の縁にたたずみ、ワニの剥製と睨めっこしているのか、それとも物思いに耽っていたのか、ず〜っと動かないでいた。
 流石世の猫の寿命を越えた猫は貫禄(体型じゃあなくてね)が違うと思っていたが、もしかして時々呆けていたのかもしれない。
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そんな年齢でも、ゴロゴロする時は若い猫のように様に、機敏だった。この猫否サムは生魚、冷凍の食品を一切食べないという超贅沢者。カリカリの餌も銘柄を選び、気に入らないと幾ら空腹でも絶対食べなかった。又更に鮑が好きと言うのだから、超罰当たり猫であった。
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時々見知らぬ猫を勝手にお友達を連れてきたりしてた。
『俺が知っている所にさ、カリカリの餌くれる家が有るから行かない?』
ってノリだったのだろうか?
 しかし如何せん彼はキョセイされておりOOがないので、それ以上の進展はしないのであるが、それ故そんなセリフでナンパしていたのかも知れないと想像すると、実に何とも可愛そうな気もした。
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サムとの出会いは元飼い主の母親から時々面倒を見てくれと頼まれた事から始まった。連れてきた人は私の前で『今度からこの人から餌を貰うんだよ』とサムに伝えたら、サムは翌日からチャンと通い始めた。
 通い始めたサム、ならばそんな関係になったのでとヤワラ上がりこもうとしたので、『餌は上げるけど上がっちゃあ駄目!』と叱ると、それきり上がり込もうとはせず、催促鳴きをしながらじ〜〜〜っと玄関先で待ち続けた。実に頭のいい猫であった。
 ただ催促するその声が可愛い猫声なら良かったが、しわがれただみ声なのが、ガクッと来ると言うか、彼の唯一のウイークポイントであった。残念!

さてさてそんな彼、天寿を全うすべく潔く身を隠したか、それとも今でも痴呆症で野山をうろついているのか?何れにせよ化け猫になどならず、迷わず成仏してくださいね。合掌。

(追)この猫には生前の父親も良く遊んでもらいました。

母は強しは同じ? 野良ぷりちゃん編

2009年01月29日06:07

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子供が貫禄の持ち主になった頃、母親も貫禄(どかんどかん)の持ち主となった

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でも若かりし頃は、飛ぶ鳥を狙って跳躍していた。今の姿からは想像できない。ナイスプロポーション!

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8年前の独身時代、箱入りの彼女。ある家では「みけ」と呼ばれ、またある家では「のら」と呼んだが、我が家では「プリちゃん」と呼んでいた。プリとはプリチィ〜のぷりである。と言うくらいに野良猫なのに名前をつけられる美人否美猫であった。

これでもいまだに時々妊婦の現役。毎度4匹ずつ通産5回以上出産しているから、子供が20匹以上いる。ただし、孫の人数頭数までは確認していなっけど、猫の世界はすごいね。伊達にキョカンでボロボロにはなっていない。苦労してきたのだろう。

人間界の何処かで聞いたような話だが、別に他意はない。本当に。

時は流れて 野良グレコ編

2009年01月28日06:30

大網の番屋周辺を仕切るボスネコ 中々の貫禄である↓が
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若かりし頃はかなりのハンサムボーイだった↓
生まれて翌年の春 中々精悍な顔であった
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ネコはすぐに大人になるけど、少し前までは、こんな↓やんちゃな子供だった
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2003年冬 4匹いつも一緒の仲良し時代 
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幼少の頃 2003年夏 ネコも人間も例外なく生まれたては、殆どの場合可愛い
そして若い頃は可能性と希望で満ち溢れている
が、しかしその先はどうなるか、神様もご存じない
と言うのは、人間も同じである

アナゴヌキの訂正

2009年01月27日08:50

昨日アナゴヌキの語源を
>見た目、竿だけでやっているように見えなくも無いので、
>そんな様子から釣りではなく抜きに成ったのでしょう。
と書きましたが、よ〜〜く思い反したら、ソイの事を方言ではアナゴと呼ぶので、アナゴ抜きになったのかも知れません。 と言うことは、アナゴヌキの本命がアイナメ狙い(ネウ)だと言う事も、間違ってきますね。

 もともとソイは岩礁の隙間、ゴロゴロした岩の穴っこに棲んでいる魚。潜った時に出遭う、ネウソイは岩の穴や狭い部分に身を隠していますから、ロックフィッシュと呼ばれるのも納得できます。
 なので、穴っ子が→アナゴに成った可能性は高いですね。ともあれ前日の内容は訂正いたします。

いつもはひょうじゅんごを使っている?ので徐々に方言力が退化してきますから、時々網地島の方言集でも読み返して、退化した方言力を回復させないといけないようです。ネット上の情報の7割は間違い又は嘘と言う調査データも有りますので、鵜呑みは気をつけましょう。

プチ虚と実 and プチ島の謎

2009年01月25日07:22

去年の夏に、シーカヤックツアーのお客さんから、NHKのBSで網地島での釣りの放送があったと聞いていたので、思い出して検索してみたら、それらしいのが見つかりました。にっぽん釣の旅と言う番組のようでして。

島での釣りはワームを使ったロックフィシュ狙いが若い年齢でブームになっているみたいですが、放送された釣りの方法はアナゴヌキでの釣りでした。アナゴヌキは潮が引いた頃に岩の穴に竿を差しこみ、掛かった魚を引き抜く方法。竿の先には20センチ程度の糸しか付いていません。見た目、竿だけでやっているように見えなくも無いので、そんな様子から釣りではなく抜きに成ったのでしょう。
 この方法で魚が多く釣れるのは秋頃ですが、それ以外のシーズンが釣れないと言う訳でもありません。2〜3M位の大きな岩がゴロゴロしているような磯がねらい目で、浜で言うとスズアミとかナガドロとかイシドとか、、、。

あげあしを取る訳では有りませんが、放送のバックナンバーの紹介には島での案内人が「島で唯一のアナゴヌキの伝承者」みたいに書かれていましたが、実際にはアナゴヌキは島民なら誰でも知っているはずですし、今でも何人もの人がやってはいます。
 ただ島民で釣りをする人が少ないので、あんな感じに書いたのでしょうね。それと伝統漁法という扱いにしていいのかもやや疑問ですが、まああんな風に書いたほうが受けは良いでしょうね。

さて島の人たちは本当に殆ど釣りをしません。週末になると防波堤に釣り人が押し寄せ(ちょっとオーバーかな?)海には釣り船が集まってきます。なのに元々の島の住人で釣りをするのは2〜3人程度。何故でしょうか?
 島の男の人たちはその多くが、マグロなどの魚を獲るのに、世界中の海を航海して来た人たち。仕事では網や縄でごっそり獲る事をやって来たから、チマチマ釣るのは面倒なのだろうか?その遠洋漁業を引退した後に、小漁師をやっている人や養殖に携わっている人も全く釣りはしない。なのに防波堤や桟橋からの蛸取りのカゴは何人もの仕掛けで賑わっている。魚は駄目で蛸はOK?ん〜謎は深まるばかりです。

あれ?そう言えば私も渓流釣りと蛸カゴしかしなかったな〜何でだろう?

財政が厳しいのは世の常とは言え

2009年01月23日09:10

文章力が無いので迷走しながら長々愚痴を書きます。

現在島には7人の子供達が住んでいる。内3人は鮎川の小学校と保育園に通学通園しているが、勿論3人とも船で通っている。この船での通学通園には市からの補助が出ているが、小学生へは教育委員会からで、園児は福祉とかかわる部署は違う。
 何故なら小学校へ通うのは義務であるから教育委員会が管轄であり、保育園は家庭の事情で日中保育できない父母や祖父母が子供を預かってもらうのが前提(たてまえ)なので、福祉の事業となる。

 旧牡鹿町時代からも含め、合併した後の石巻市に成った今でも、牡鹿半島には幼稚園がなかった。中には成長した子供を幼稚園に入れるために石巻やその他の地域に引越しするケースもあるらしいが、これは島の子供が進学するのに島から町へ引っ越したパターンと同じである。
 どうしても自分が決めた幼稚園に入れたいが為に引っ越すのなら自由だが、半島に幼稚園が無いのでその代わりに保育園に入れたいが、条件がクリヤ出来ないので入れられないでは、都合が悪い。
 それ故幼稚園は福祉事業ではなく別の管轄部署になるが、この境界線をぼかし、暗黙の了解として行っていると理解している。
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さて、うちの子が小学校に入るようになったら、学校を作ってもらえと助言してくれる人もいる。義務教育は生まれた場所で受ける権利があるから、役場では作らなければ成らないから、作ってもらえと言う論理である。はははなるほど。よしんばごり押しで作ってもらったとしても、先生や地元住民が気持ちよくやれるかも疑問であるし、第一そんな経緯で出来た学校に我が子が一人で楽しく通える筈もないので賛同は出来ない。

就学の生徒が1人出来た事で学校が新設された例が国内に無いわけではないが、余程理解のある(財政が何とかできる)教育委員会と地元の熱心さが無ければ出来る話ではない。合併以降旧牡鹿は秤量攻めの様に苦しくなってきている。近々旧牡鹿の中学校は統合されるが、追って小学校もそうなる筈。そんな状況なのに島に学校を作るというのは財政的にも無理な話。 
 有り得ない話だが、島に学校を作るのなら数億円、経費も年間何千万とが掛かる。しかし船で通園通学させれば150〜200万程度で済む、実に安上がりな話だ。なのに更に予算を削りたいらしい。
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保育園に通園する船の補助は出るが、急に具合が悪くなったときに迎えに行く臨時の船の補助は予算に無いから出ない。うちの子なんか、月の半分も行かないから、通園の補助に掛かる予算は余るはずで、むしろそれを含めても安上がりな筈だがなのに駄目らしい。10ヶ月でたった1回、金額的には1万円なのに駄目なのだ。
 親は金を節約しようとして、迎えに行く船の時間を遅くはしないから、往復30分の為に1万円は躊躇わず払う。これは親としては当たり前の話だが、役所の当たり前とは見解が違っていた。
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数年前、役所の某部署で年度末に十数万円の予算が余った。新年度に予算を獲得するのは難しいので、このお金を使って某体育館の設備を改修しようとして私に見積もりの依頼が来た。事情を聞き予算以内で収まるように急いで見積もりを出した。支所もそのまま通ると思っていたが、予想に反して本庁で蹴られてしまった。
 必要な設備なのに、十万に満たない余った予算なのに、それでも駄目だったのである。市町村が合併した直後だったので、そんなに金が無いのかとなお更行き先が不安になった。

過去にも島で生まれた子供達が何人か居たが、幼稚園に通える年齢になったら引っ越してしまった。問題は船で通うと言う事に他ならない。現在も数年後に幼稚園に入れる年齢に達する子供が4人居る。正直のところどの親御さんも悩んでいる。船で通う事を躊躇しているのである。
 第一の問題点が船で通う事ならば、せめて悩みの要因でもある通園通学の金銭的負担や船の便の不都合を無くすのは先決であると思う。そうじゃあないと幾ら子供が島に生まれても島から出て行ってしまうし、その親も島から居なくなり、益々高齢者を見る人たちが少なくなると同時に、島の機能が鈍ってゆく。限界集落が確実に『極楽に一番近い島』になってしまうのだ。
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義務教育も福祉も病院も諸々の事業も掛かる経費を節約し、又は削減するのを優先順位を付けず、横一線にして何が少子化高齢化対策なのか?これは明らかにモーションでしかない。

子供やその若い親達が必要な環境条件を狭め、遠まわしに追い出し、そうでない人々だけをターゲットにして、移住人口を増やそうと躍起になっている行政の目指すのは何処にあるのか?おそらく姥捨て山ならぬ、姥捨て島の島流しにしようとしているのだろう。

電気やと言う名の何でも屋

2009年01月22日15:40

今朝方とあるお婆さんから電話が来て『どこかで警報機が鳴っているが、何が鳴っているか分からないので来て欲しい』との事。車を飛ばして行ってみたら『今丁度に鳴り止んだ』と言う。『はてはて??』
 色々話を聞いてみると、魚をガステーブルで焼いていたのを忘れたら、、、の様な状況だったらしいので、おそらく消し切り忘れ安全装置が作動し警告が鳴ったのでしょう。
 最近のガステーブルには右左とも焦げ付き・過熱防止・切り忘れ防止装置が付き、グリルは15分で自動消化するようになっている。点火の仕方は従来と同じでも付加機能が多いので、全ての動作を高齢者が理解するのには、ちょっとハードルが高い。


以前火災報知器が止まらないと言うことで大騒ぎして電話を掛けて来た人がいましたが、行ってみたら何てこと無い、ただの目覚まし時計でした。警告音が似ていたので間違ったのでしょう。
 まあ普通なら分かるでしょうって思いますが、高齢になると耳の感度が特定周波数で低下するので、指向性が乏しくなり音源を特定しにくいのです。
これに似た話。『家の中に、小鳥が逃げ込んだようで、時々鳴き声が聞こえるんだけれども、何処で泣いているのか探して欲しい』と頼まれた。何の事やらと行ってみたら言われた通り時々『ピピッ』と小鳥の鳴くような音がする。
『はは〜ん』
以前にもその音は耳にした事があったので、直ぐに火災警報器の電池が切れて、警告音が鳴っているのがわかったので、新品の電池に取り替えたらその音はピタッとやんだ。
 するとお客さんは『鳥は?』『何処に居たの?逃がしたの?』『良く分かったね〜』と感心しきり。どうやらこの鳥、息子夫婦が半日かかっても見つけられなかったらしい。
こんな感じのハウツーコールが多いのも、お年寄りだけの所帯が多くなってきている上に、やや複雑な機械が家の中に入り込んだ事に要因があります。
 こんな簡単な場合も申し出があれば小額の代金を頂く事にしています。と言うのも『タダで結構』と言うと、後からお礼を持ってきたりして、気を使わせたり金を使わせることにもなるし、遠慮して連絡して来なくなったりします。
 毎回毎回大したことがない、緊急性の無い事柄だけならいいですが、本当の狼が出たときに頼れる人が居なくなったら、それこそ大変。それなら割り切って利用してもらえたほうが、お互いのためと思っています。

薪ストーブの話 流木拾いツアー(後編)

2009年01月20日09:33

(画像はいつぞの口開けの日のスズアミの写真)
中央左側に流木が重なっています。現在浜へ下りるのは、もっと手前に広い階段が出来ましたが、少し前までは中央の崖から垂直に降りるか、左側のこんもりした小山を下りるかの二通りでした。
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『さあて始めるか〜』
先ずは流木を何本か肩に担いで崖を上り上に移動させるが、足元が危ういので2人一緒には運ばないようにして、滑って転落しそうなときは担いでいるのを捨てるようにした。
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と言うのもかなり前の話、とある湖の急斜面を四つんばいになって登っていたら、前を進んでいた友人が触れた石が転げ落ちで、私にぶつかりそうになったのである。石といっても直径1メートル位あったから、コツンで済む話ではなく、石とともに命も落としそうな出来だった。
 このケースの様に「縦に1列に並んで斜面を登るのは、前者が落とした物や、転落や滑走した人が当たるので、タブーになっている」と言うのは、後で知った事だった。
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足をプルプルさせながら滑らないようにバランスをとりつつ何回か上り下りし、一旦上に移動。更に担いで獣道を通り林道まで移動させた。
 昔は背負子や背負いかごで運んだのうだろうが、この時は猫車(一輪車)を使った。林道まで運んだ流木を猫車に積み込み一人が手で押し、もう一人が前をロープで引っ張るのである。満載した流木はかなり重い。

坂は手前から助走をつけて上るが、急坂は流石に坂の途中でスピードが落ちて止まってしまうが、ちょっと休んで又チャレンジする!下りはスピードが出すぎてコースアウト転落。散乱した木を再び積み込む。まるでリポビタンDのコマーシャルの様である.。

が、んな事を続けている途中で、島の知った人と出くわす。
『何やってんの??』
『ははは・・・・実は・・・・』
『薪ならそんな苦労をしなくても、そこら辺に幾らでもあっぺに・・・・』
『ごくそうさん!まあすぎにすらい』
妥当な感想である

時は麗らかな春、汗ぶったらしてやるのも、やはり遊び半分でもなければやってられないが、家まで運び終わったときの達成感に偽りはなったし、この日のビールが美味かった事と、爆睡眠出来たことも間違いなかった。

私たちは遊びで面白半分にやったのだが、昔の人はビールのご褒美もなく、日々の勤めとして繰り返していた。他に選択肢が無かったとは言え、真に頭の下がる思いがしたのでありました。『完』

薪ストーブの話 流木拾いツアー(前編)

2009年01月18日19:27

前回書いた流木拾い。私も子供の頃見たような微かな記憶があるが、実は私の母も島に来た頃はそうしていたらしい。当時の我が家の田畑は猫泣きとシズアミにあった。スズアミに行ったとき母は、田畑の仕事の前に、浜に下りて波で打ち上げられたワカメと流木を集めて、玉砂利に広げて干し、それが終わってから仕事についた。
 そして1日の仕事が終わると又浜に下りて、朝に浜辺で乾燥させていた流木を背負って家路についたのである。田んぼを耕すときに馬を使っていた事もあったが、大概の場合は人力のみだった。
 スズアミの浜に降りるには、4〜5メートルの崖に階段状の小さな足場しかない危ない場所だったが、ここを上り下りして流木を運んだのある。

実は島に越した頃、友達数人と『昔の事を体験するツアー』なる遊びを時々していた。簡単に言えば現代の便利な道具をなるべく使わないで、昔のしていた事をやるというものである。遊び半分でこじんまりやっていたが、その中で前回書いた流木拾いのツアーも決行していたのである。


<<流木拾いと磯観察ツアー>>
私と友人の2人は徒歩で浜を目指す。県道から林道に入り、浜に一番近い場所から道をそれ、泥でぬかる田んぼを通り抜け、獣道のような細い通り道を辿って浜を目指した。 
 途中の榊の木には時折青大将が出現するポイントがあったが、もっと危ないのはタバタの崩れた小屋の周辺に時々マムシが棲んでいた事。青大将は威嚇するだけで危険ではなかったが、マムシには正真正銘の猛毒があるので、ここは特に足元に気をつけなければならなかった。

松の倒木をかわしながら、藪を通り抜けスズアミの浜に下りる。砂岩で出来た岩は風化脆くなり、小さな足場は昔よりも更に悪くなっていた。

浜に下りるとまず1人で運べる適当な長さの流木を拾い集め、乾燥させるために陽が当たる場所へ移動させた。半日くらいではそれ程軽く成る訳でもないが、昔と同じような作業をすると言うのが、重要なのである。

その後はツブ貝を拾ったり、メカブをとったり、諸々浜辺で食料品を調達したり、海浜の動植物などをガイドしたりした。相棒の友人は山間部出身なので、全てに嬉々として反応していた。
 その後は持って行ったおにぎりと現場調達したウニを大海原を眺めながら食べ、大きな岩の上でゴロンと寝になり、エネルギーを蓄えた。本番はまだ始まっていないのだ。

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薪ストーブの話 昔は・・

2009年01月17日13:36

庭が狭いので蓄えられる薪が少ない上に、寒さが続いてるのでガンガン薪を焚くのだから、あっという間になくなってしまう。ストックが少なくなってきたら、あっちの山こっちの空き地と積んでおいたのを運んで割る。
 積んでおいた1メートルほどの丸太を30〜40センチ位の長さに玉切りにし、庭に運んで割る。割った後は1〜2日広げっぱなしにしてから積み上げる。この1連の作業もトータルで3時間くらいしかかからない。で意外と簡単に薪の壁が出来る。
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庭先で薪を割っていると良く声を掛けられる。『ガラス割んなよ〜』とか『ころましいごだ〜』『いい木だごど〜』とか。(【ころましい】はプクプクと健康に育った赤ん坊や見事に育った農産物、珍しい品や希少な品物などを見たときも使う)

と言うのも

昔は煮炊きも風呂も暖房も全て薪を使った。その頃は家族も多かったから、使う量も半端じゃあなかった。お嫁さんは家事や野良仕事の合間に山で薪を拾う。持ち山が有ればそこからとって来るが、毎日だからそうも行かない。
 自分の家の山に無くなったら、村の山(牡鹿村所有の山)から、無断で頂いてくる。枯れたのが無ければ生でもとって来る。お姑さんには『ありませんでした〜』なんて軽いノリでは言えないから必死で探したらしい。
 山に無ければ海岸の流木を集めて磯を歩き、それを背負って崖を上り、山をかき分け書き分け家路を急ぐ。とにかく探さないと場合によっては家に入れてもらえないのだ。嘘みたいな話だが島民が多かったから薪集めの競争率も激しく、大変だったらしい。

時代的には島のお婆さん方が、19〜20歳で嫁に行ったばかりの大昔の話ですが、そんな時代背景を踏まえて、現在に至っているので、この薪の壁を見ると『ころましいね〜』って言葉が出てくるのでしょうね。

それに比べ現代の薪集めは実に簡単で、ちょちょいのちょいです。エンジンのチェンソーで簡単にチョキンと切り、軽トラで庭先まで運んで、パカパカ割るだけ。厳しい競争もありません。
 挙句カーボンゼロでエコだとか言われたりして、その気になったりして。実に堕落?していますね。

朝のドタバタ劇

2009年01月15日09:27

朝、布団で目覚めたら船の時間まで30分しかない。
大人の出掛ける準備なら、時間の余裕が無い訳でもないけでども保育園に行くのは、ちと厳しい。
『今日は休みか?』とやろっこに問うと、遠慮がちに首をゆっくり横にふる。今日は「おたのしみ会」なる催しがあるのだ

着替え・歯磨き・薬・お弁当の用意・制服・出掛ける服・バック・・・・バタバタと終わらせ桟橋へ走る。外は氷点下で強い西風。つないだ手が寒さで痛い。滑り込みセーフで船に飛び乗る。

海は荒れて波頭が真っ白。やろっこは船が動き出すと同時に、母親が握ってくれたおにぎりを食べ始める。他の乗客は船が揺れる度に窓や取っ手に摑まる。やろっこは片手でおにぎりを持ちながら、もう片っ方の手に持った箸で、お弁当箱(朝ご飯用)の中で転がるおかずを捕まへ口に運ぶ。

時化の海を進む船の窓に、ドラム缶サイズのバケツでかけたように海水が打ち付けられる。大きな波が来ると、船はエンジンの回転をスローにしてやり過ごす。船が左右に大きく傾く。長い箸でウインナーを捕らまえてニコリとする。

ははは、たくましいね。環境と言うのは凄い。

薪ストーブの話 今年の課題

2009年01月13日07:12

とまあうまい話が続きましたが、そうは問屋が卸さないのが世の常で、
問題はやろっこ2号である
彼は兄と違い桁違いに悪戯坊主である

丁度薪ストーブを使い始めた時期に、つたい歩きを始めたのですが、1人用のソファーやおもちゃの車、踏み台をヨチヨチ押しそれに乗る。となるとストーブの周りを囲んだ火傷防止のバリケードの高さよりも高くなるので、見ているのもハラハラする。乗り越えて火傷をしない内に、もう少しバリケードの高さを高くしてた。

初めの頃この格子の部分に時々指を挟んだ。可動範囲外に指を曲げて大声で泣いていたが、徐々に危険性を学習したようす。

火入れの時や薪を入れる時は、悪戯にすっ飛んでくる。火バサミや火吹きの道具、ハケ、じゅうのうなど興味津々触りたいグッズが沢山あるので、この時がチャンスなのだ。このときの4足歩行は物凄く早い。とにかく笑える位早くすっ飛んでくる。
090110a.jpg始めは遠ざけていたが、いちいち抱えて運ぶのも面倒なので、火吹きの筒を与えることにした。やっと触れて嬉しそうに笑い、私の真似をして吹く。その内持ち方を変えて舐める。やがて彼の顔には火吹きに付いた煤が顔中に付き、顔面が熊五郎になる。そして許可した私とやろっこ2号の2人は妻に怒られる。
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彼の得意技は何でも口に入れること。時々床や畳に落として見落とした木の皮を口に入れる。静かだな〜と思って見るとモグモグ食べているのである。良く噛んで飲み込めば良いが、この前は大きいのを飲み込んだようで、ゲーゲーしのにはビビッた。

縁側から薪を運ぼうとしてサッシを開けると、いつの間にか隣に並んでいて、びっくりする。落っこちそうに覗き込んでいるだ。瞬間移動したの?
でもそんなに好きなら、来年からお兄ちゃんと一緒にストーブ係をお願いするかな〜?

薪ストーブの話 その他の効用

2009年01月12日07:43

薪ストーブの上にやかんを2個乗せて置く
朝はお茶用のお湯が早く沸く
朝ごはんが終わるまでに、食器洗い機に使う温水が出来上がる

我が家の食器洗いの給水は水道直結の配管ではなく、手差しタイプなのでポットのお湯などが使える。1日3回使うと18リットルになるが、それを序に温まった温水で使うことが出来る。故に若干の電気が節約出来ている。はず。

洗濯物を乾かしたり、コトコト煮込んだりも出来るが、得意技は焼き芋である。
先日スルメを焼こうとしたら、妻から制止された。
そう言えば小学校の頃、教室のダルマストーブの側面にバターを満遍なく塗り、パンを焼いたりした。出来上がったパンは格別美味かったが、教室の中はバターの臭いと、煙でもうもうとなったのをふと思い出したが、ああなるのかも知れない。

薪ストーブは2部屋続けて使っている。もう一つの部屋にもFFのストーブを付けているが、一旦暖まってサーモがはたらくと、当分の間は再点火に至らない。待機状態が続くとヒートアップのために電気を消費するので、殆どの場合スイッチを切ってしまう。

我が家には灯油を燃料とするボイラーやストーブ、薪兼用の風呂釜など計6台ある。なのに去年の10〜12月は灯油18リットルの缶を月に3本しか使わなかった。薪ストーブの本業は暖房役。灯油の消費も少なくなる、はず。

という訳で諸々の役をこなしていますが、置き場所を変えた今年は、どれだけ財布に貢献してくれるだろうか?答えが出る春が楽しみである。

薪ストーブの話 家の中でアウトドア

2009年01月11日07:09

最初は紙や小枝を燃やし徐々に太い木を焚く
着火剤は邪道 点火は1回のみ
木の葉や樹皮を使い、着火させる
牛乳パックやガムテープは着火剤より有能であるが
しかしそれに甘んじないで、如何に少ない量で、
短時間に火を起こすのかが腕の見せ所である。

ゆらゆらと揺らめく炎、パチパチと時々木が爆ぜる
木が燃える臭いは何故か懐かしい
公言すると怪しく危険な人物にされそうではあるが
燃える炎を見ていると、何故かワクワクしてくる
いつの間にか見とれてしまう
やがて勢い良く燃え出し、体を芯から温める赤外線を周囲に放つ

燃えている火は見ているといじりたくなるが、ここが我慢のしどころ
大概の場合、良かれと思って動かすと逆に下火に成る
そんなときは火吹きの竹で吹く勢いを戻す

やがて部屋は暖かかくなって来るが
先進の暖房機のようにサーモスタットのようなのは付いてないので
で空気の調整をして、火を加減する
薪が少なくなったらつぎ足す
寝る前は大きな薪をドンと放り込む
消えないように、尚且つ朝まで燃え尽きないように
火加減を調整するのがポイント
成功すればほんのり暖かい朝が待っている

しかしこれ程面倒で手が掛かるのに
煩わしくない
否むしろ楽しい
何故だろうか 不思議である

もし私がタキピストならこの上ない幸せであろう
何故なら何時でも家の中で焚き火が出来るのだから

薪ストーブの話 薪ストーブと焼却炉の境界線

2009年01月10日06:59

ダイオキシンの問題以降、焼却炉の使用や野焼きが禁止された。紙、木類、草などプラスチックやビニール類を燃やさなければ良い筈なのですが、一切駄目と成った。ところが、、、、。

ところが妙なのは、薪を使う風呂釜や薪ストーブはOKなのである。場合によっては禁止された物を燃やしたところで、オトガメを受けることもない。ならば薪ストーブ型の焼却炉は?ってアイディアもありますが多分駄目。何故なら違いは家の中に有るか、屋外かというのが判断の基準だからです。
 それなら、屋内の薪ストーブでプラスチックやビニール類を燃やしたらって考えも出来ますが、ただ実際にそれらを燃やすと異臭が発生するし、ストーブも駄目になるので、止めたほうは良いでしょうね。

私がダイレクトメールや小さなダンボールなどをストーブに放り込んでいると妻が声をかけます。
『おっ!家庭内焼却炉』
『ははは便利だよ〜ストーブ兼焼却炉』
妙ですが、セーフです。

初物をいただく メロウド

2009年01月09日08:03

メロウドは春先に出回ると思っていtたら、先月(12月)の中ごろにメロウドを買ったとの話を聞きました。問い合わせたら、間違いなく女川の市場に揚がっているとの事。水揚げがあったら宜しく!という事で、頼んでおいたら、ひょんなルートから別のメロウドが舞い込みました。

ほほ〜かなりオデブコさんではないか。

メロウドは夏になると冬眠ではなく夏眠するらしいから、寒くなったので目覚め行動開始したんでしょうね。春先のメロウドは食べた小エビでお腹がパンパンに膨らんでいますが、今の時期のは産卵前の卵でパンパンです。この卵が春先に小女子のシラスに成長して行く段取りなのですね。

メロウドの卵は何と呼ぶのかは知りませんが、メスは子持シシャモのような食感で超美味。オスは白子がパンパンなのでこれまた美味かった。普段あまり魚を食べない妻方の姪や甥たちも、美味い美味いを唱えながらバクバク食べていました。やっぱり美味いものは分かるんですね。

初物なのでこれまた東を向いてはははと笑い食べる

初物をいただく フノリ

2009年01月08日09:13

島の七草は陸上の草ではなく、海の草を使います。(正確には海草ではなく→海藻)
以前は七草用の口開けに行っていましたが、根性無しなので寒さに負けて行かなくなりました。と言うのも正式に七草というのをしないのに、単に初物のフノリやマツモを食べたいだけで行っていたので、都合が悪かったりしたら無理することも無いのでありました。

それでも食べたければ、夕日を見に行った序に、波打ち際にタタタと走り、一握り摘んでくれば、晩御飯で食べる分程度なら直ぐ調達できます。丁度今の時期は干潮時間帯が夕方から夜になってますので、渡りに船と言う感じですね。(本当は駄目なんですが、まあ硬いことはおっしゃらずにお目こぼしを・・・)

今頃のフノリは生え始めなので、指で摘めるか詰めないか程度に短いので採るには厄介ですが、しかしポヤポヤッとして柔らかい今の時期のが一番美味い。
 売り物のフノリは長く太いですが、あれはババフノリと地元では呼び、あそこまで育ったのは食べません。紫色になったのも売り物では好まれますが、島じゃあ投げ投げポイですね。フノリは変質してくると色が紫に変り、味も香りも違ってきます。乾燥させると美味くなくなるので、生で冷凍するというこだわりの人もいるみたいです。

そんなこだわりの人も多いのに、島育ちなのにあまりフノリは好きではなかった。ところが結婚した以降、妻に感化され食べるようには成りました。で美味いと思うのが大根とフノリの味噌汁。この組み合わせは絶妙ですね。ごたごた入れず大根とフノリだけ。やはりこれに限る。是非お試しあれ!
(ちなみに今回食べたフノリは、タッタタタと走って盗ったフノリではありません)

何れにせよ初物なので東を向いて笑い食す『はっはは』


時遡って年末の話

2009年01月07日13:46

クリスマス前に町に出かけようと予定していたら、運悪く時化が続き足止めをくらい、2人の予防接種は延期。だけなら良いが、クリスマスのケーキはなし、紙おむつも残り2枚、年末に生まれたやろっこ2号の誕生日ケーキもなし、保育園の発表会のDVDも手に渡らず・・・・。トンでもない年末に成りそうな雲行きでしたが、ところが、ところが、

☆1:クリスマスのケーキは手の平サイズを1個近所から偶然いただき、ヤロッコとお母さんの泣きは回避。

☆2:紙おむつは対岸のコンビニにお願いして、万一船が出るときは積んで貰える様にお願いした。今まで頼んだことが無いお店なのに、元払いで積んでもらうのを、快く引き受けてくれた。翌日運良く動いた便に品物は乗せられ、島にたどり着いた。
 桟橋まで引き取りに行くと外は氷点下で強風と横殴りの雪。こんな天気の日に配達してくれたのかと思うと頭が下がった。

☆3:1歳の誕生日にケーキ。翌日またコンビニに電話したら、ケーキの予約は2日前までなので前日では無理との事。でもコンビニの*マザキのケーキじゃなく石巻のケーキ屋さんのケーキで良いなら、石巻から通勤しているので、ケーキ屋さんで買って船に積んであげる、と言ってくれた。まことに有りがたい話なので、大きさや子供の名前を伝えて、厚かましくもお願いすることにした。

☆4:DVD。保育園から電話が来て27日の午前中なら渡せるとの事。年末ぎりぎりに仕上がったので連絡してくれたらしいが、取りに行けそうも無いので諦める。この日は例のケーキが船に詰まれる日なのでコンビニにもっ行ってもらうか、船に積んでもらえれば、手元に届くこともできるのですが、そこまでお願いする必要も無いのでこの案は没にした。

☆5:これとは別に25日に女川まで或る品物を届けなくてはならない件も欠航続きでまだ残っていたが、、

さてこの3日間連日15メートル前後の強風が続いていましたが、翌27日も17メートルの風の予報。開けたXデーの朝の便はやっぱり見事全便欠航。予報は前日より強いようなので無理も無い状況でした。
 ただ波浪予報の画面をよく観察すると昼頃に若干風が弱く成りそうなので、次の便が動く可能性を想定し☆2〜5を解決すべく出発の準備。☆強風の中、海からカゴを上げ*0キロの***を発泡の箱に詰め込む。そして終わった頃に船が動くとの放送。『やっぱりな〜』

やっと動き出した鮎川行きの船に乗り、着いたらコバルトラインをかっ飛ばし、品物を届けとんぼ返り。途中保育園へ寄ってDVDを受け取り、挨拶もそこそこにして残り少ない時間を気にしながら、コンビニでケーキを受け取り、紙おむつの分や諸々を支払い急いで今朝乗った船にのる。滑り込みセーフ。この間1時半。『ふう〜っ』これで全てめでたく完了。

コンビニでお金を支払っているときに店長が『島では大変でしょうから、どんな物でも連絡を貰えれば船に積みますから、遠慮しないで言ってください』と言ってくれて、更にクリスマスのマグカップと子供用のジャンパンをプレゼントしてくれた。

島の不便な生活と厳しく寒い冬を知っている地元の人ならではの温かい言葉、氷点下の横殴りの雪でカチンカチンに冷えた体が一瞬で解けた様な気がした。

新年第1打

2009年01月02日14:08

090102.jpg
張り替えたって意味無いゼ! by じゃい丸

丁度去年の今頃は怒涛の如くの病院通いをしていましたが、その後も続々病院に行く機会が増え、領収書の枚数が半端でなくたまりました。こんな家族も居るから、保険も赤字になるはずです。
 生まれたときはリンゴ位の小さい頭をして、綿飴みたいに軽い体でしたが、 そんなやろっこ2号も1年経って10キロの大台を超える位に成長しました。声もデカイし、悪戯が半端じゃあ有りません。それに良く食う。あれだけ食うから風邪も直ぐ治るはずです。

お正月期間限定解除 現在無礼講中です090102b.jpg
具合が悪くなると急に静かになりますが、元気なときは騒々しい事このうえない子供達。ON/OFFが両極端。中間が欲しいところですが、しかしまあ全員揃って騒々しいのは元気な証拠ですから、良い事なんでしょうね。

ともあれノンビリした正月を迎えております。



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