巡り廻って

 21,2008 06:40
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早朝5:30、予定されていた鮑漁が中止になった。ただこの日は保育園で、お楽しみ会なるものがある日だったので、やろっこにとっては中止は好都合だった。

中止にはなったものの、明日からの天候もあまりよくないようなので、準備した船を片付けに根組の浜に向かう。保育園に行くには7:15の船に乗らなければ行けないが、帰って来てから船を片付けたのでは遅いのでその前に終わらせる事にしたが、片づけが出来る時間は15分ほどしかなかった。

外は真っ暗。ヘットライトを点けて手元を照らし綱を結び、軽トラで船を引き上げた。まあだ誰も来ていないのに、小さな灯りを頼りに作業をするのは、後ろめたさは無いが、遠目には何かしら怪しい動きに見えるのでは?とも思えた。



中学の頃、同級生は鮑の口開けだと言うことで堂々と学校を休んだ。学校を堂々と休める身分は羨ましかったが、その分一生懸命に頑張らなければ成らないんだろうな~とも思うと、同情すらした。
 そして彼らは中学卒業後直ぐ船乗りになり、制服を作業着に着替え、その春から大人と同じように働き金を稼いだ。

私は農家の子だったので魚とりや漁業の事はわからなかったし、海難事故は少なくなく身近で起きていたので、船乗りになるリスクはある程度理解していたから、小さい頃から好きだった機械いじりやデンキの陸の仕事に就いた。
 そして私が彼らより数年遅くなって勤め始めた頃には、先に社会人になっていた同級生は未成年のうちにキャッシュで家を建ていた者も居た。でも彼らの努力や労働条件を考える不平等とは全く思わなかった。
 なぜなら私がコタツに入ってミカンを食べている時も、ヌクヌクと布団の温もりに溺れている時も、彼らは不眠不休で命がけで働いていた。彼らとは住む世界が違っていた。



しかし、それらを敬遠して陸の仕事に就いた私が、今は生活の糧を求めて冬の海に潜って鮑を採り、ヒジキを刈って金に換え、カヤックを浮かべてガイドをする。島で結婚し、子供を保育園に通わせるために毎日何回も船に乗っている。全て海に関係しているではないか。
 島を拠点として生活し、遠洋漁業に就いた彼らも今は島に居ない。なのに島の生活と全く関係ない生活をした私が今は島に居る。同級生は私以外1人である。この変り様を誰が想像したであろうか。私ががいちばん驚きである。
 会社勤めの頃は空模様など全く関心は無かったが、今では毎日毎日天気予報と波浪予報を欠かさずチェックしている。明日の天気が分からないと、何の計画も立たないのだ。

まさしく「人生はシナリオの無いドラマ」である。結末がどうなるのか誰も知らない。
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