何事にもくよくよしない彼女の生き方

 24,2011 09:17
昨日姉の居る女川に行ってきました。
 鮎川をこえ、十八成浜、給分、小渕、大原、小網倉、小積と半島の小湾に続く集落と海岸に挟まれた国道を走ると、どこも例外なく壊滅的なダメージを受けており、本当に巨大津波が押し寄せたのを実感した。
 鮎川から石巻への県道も半島の尾根を走るコバルトラインも所々に段差や陥没があって、何時ものスピードでは危なっかしくて走れない。時折県道の片側半分に大きな漁船が横たわり片側通行の部分もある。このサイズの船だとそのままでは重機でも動かせず、解体しか手が無いのでそのまま放置になっているのだろう。
 結局女川までは今まで30分くらいで行っていた道が1時間くらいかかった。峠を越え濃霧の中から見え出した女川の町の風景は津波によって全く変貌していた。今まで見てきた集落のそれよりも、コンクリートの破片も瓦礫の大きさも更に細かく地盤さえもえぐられ、地形さえも変わっていて、その凄まじさを物語っていた。

網地島に津波が押し寄せる前には網地も白浜も長渡も根組も島の周囲の海水は全て引き波によって干上がり、海の底をのぞかせたらしい。そんな巨大なエネルギーが女川を襲い一瞬のうちに惨劇と悲惨な状況へと変えたのだ。

たとえば大きな石が津波で動き邪魔な場所に居座ったとする。エネルギー普遍の法則に従えば、それを動かすには動かされた時と同じ力のエネルギーが必要に成る。そしてそれは対象物が何においても同じで、機械を使おうが燃料を使おうが例外は無い。

津波はその巨大なエネルギーで私達の多くのものを破壊し奪った。それを復旧し復興してゆくのには、津波のエネルギーと同じ力、否それ以上のエネルギーが必要となってくる。町を元に戻すには町を破壊した時と同じかそれ以上のエネルギーが必要となって来るはず。機械やそれを動かす燃料も必要だが、先ずは意思。復興しようという心のエネルギーが必要。
 あの一瞬のエネルギーにはどんな事をしても敵わないが、でも時間をかければ積み重なったエネルギーは積もり積もって、必ずそれを上回る筈。そう信じて行きたい。先ずは出来る事からするしかない。

母の無事を確認し娘が抱きついて泣いたら『本当に泣いているの?』って母親(私の姉)が大笑いしたので、その後は皆で大笑いしたとか。しんみりせず、大笑いしたというのはやはり姉の家庭らしい話。甥っ子のブログを見ても息子夫婦が行った時の写真は笑顔でした。くよくよせず常に前向きに生きる姉の姿。今まで見た中で一番悲惨な状況の中でも瓦礫に埋もれず津波の傷跡になんか負けない力強い姉の姿がありました。
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