カヤッカーたちの憂鬱?

 29,2012 21:18
島に行ったこの日は大潮。この時期の大潮は1年中で日中の潮位が大きく変化する時期。潮干狩りや磯の口開けもこの時期にあるし、海藻の生長も著しい

1年前も同じ潮位だったはずなのに震災直後はノンビリ浜を見る余裕もなかった事もあるし、それ以降の秋冬の時期は日中に潮が引かないので、2年ぶりに見た事になりそうです。
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見た目はかなり潮が引いていて地盤沈下が起きているのも嘘のようですが、満潮になると浜は姿を消し、うねりが来ると荒波がコンクリートの壁を直撃します。
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こんな感じで何メートルも下にある玉砂利が打ち上げられるのです。
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長閑な海を眺めていると視界にカヤックの姿が目に入りました
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タンデム艇が2艇とシングルが3艇 震災後初めて見ます
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彼らはクイセを通り過ぎ、ドワメキへ
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岬の沖でおそらくシーバスを狙っているであろう釣り船の脇を通り過ぎ
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ドワメキの岬をまわり
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オオゴリを通り抜け
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根組の方へ消えていった
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カヤッカー達は海に出るのを躊躇っています。
カヤックを漕ぐには先ず海岸まで行って車を停め、装備を下ろし、浜から磯からうみに漕ぎ出す。ただ漕ぐだけではなく、時に上陸した場所で食事をしたりお酒を飲んだり、またゴールした場所で仕上げにBBQで盛り上がったりもする。(大人の遊びだから仕上げにはやっぱり泡の出る飲み物が欲しくなる)心あるカヤッカーたちは出来るだけその地で食材や飲み物を買う事にしている。魚介や海産物も。遊ぶだけではなく幾らかでも地元に貢献する事を考えているのだ。

 カヤックを漕ぎ出すには地元民や地元漁師に邪魔にならないようして、出来ればその行動を認めてもらわなければならない。勿論楽しく盛り上がるのも程度を考えるし、ごみ等は全て持ち帰るのが最低限のマナーとしている。そうでないと彼らは次に来るとき追っ払われるし、同じ輩として他の者達もとばっちりを受けるから。

 さて震災以降このカヤッカーは海に通っていない。休日ともなると愛車の屋根にカラフルなカラーリングの艇を積んで走る車を見るのだが全く見ないのだ。実は多くのカヤッカー達が漕ぎ出すのを躊躇って海に出るのを控えていたのだ。

確かに港や海岸に駐車する場所もあるし、出廷する場所が無いわけでもない。だが浜の人たちは地震や津波で大打撃を受けて復旧復興に懸命に取り組んでいる、また取り組む気力をなくして人も居だろう。そんな中でカヤックをやれるか?やっていいか?やったらどの様にうつるのだろう?と考える。
 少なくとも浜で手放しで可笑しく楽しくはできない。どんな顔でスタイルでやったら良いのか?と考える。どんなにしても何処からかは文句は出る。文句は出なくても迷惑をかけたり傷つけはしないか?・・・色々な心情面を考えるとやっぱりいっその事当面は休むか~と言う事になっているようだ。松島などの観光で成り立っている様な場所では出艇しやすいが、漁業が深刻な状態となっている場所では二の足を踏む。

この事は多くの地で時間の経過とともに震災以前の状況へ戻ろうとしている時に起きる事で、例えば祭りやイベントなどを再開しようとしている時や、震災で被害を受けた場所や物を残すか撤去するかで意見が分かれると言うような状況にも似ているが、違うのは当事者でない事だけ。

 震災直後に島からカモメも烏もスズメも鳥という鳥が全て姿を消し、海の中にも小さい魚から大きい魚まで1匹も居なくなり、空にも海にも生き物が全く存在しない薄気味悪い静寂が長期間続いた。数ヵ月後には徐々に鳥たちも魚も戻ってきて、朝晩にはスズメのさえずりや烏の鳴き声が聞こえ出したが、やはり自然の風景の中に動物が存在しないのは不自然なのだとその時初めて感じた。
 
 海も漁業者や災害復旧関係の船舶だけでなく、釣船やカヤックなど様々な船が海に浮かんでいる図が自然な風景なはずで、その場所は動植物の宝庫で生活の糧を得る場所であると同時に、潮干狩り、海水浴、釣りやマリンスポーツ等で遊んだりリフレッシュしたりと漁業者以外の人が楽しむ場所でもある。漁業者が海での仕事を再開し始めた。釣り人の姿も多く成り出した。そろそろカヤッカーも船出していい時期に来たのではないかと目の前の風景を見がら思いめぐらしたのであります。
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